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2018.01.04 Thursday

新著紹介

物理学会会員へ向けに寄稿した文を,他の分野の方にも読んでいただきたく,ここに掲載いたします。

ジム・アル=カリ―リ,ジョンジョー・マクファデン著,水谷 淳訳
量子力学で生命の謎を解く(Life on the Edge: The Coming of Age of Quantum Biology)
SBクリエイティブ,東京,2015,ix+396p,19×13 cm,本体2,400円
ISBN 978-4-7973-8436-9

本書は,日本語タイトル通り,生命の謎と量子力学のつながりを紹介しています。特に最新の成果を基に,様々な学術的視点・角度や歴史を通して正確に議論がなされています。そして,全体として原著タイトルの「Life on the Edge: The Coming of Age of Quantum Biology」と言いたいのだろうと感じます。つまり,個人的に意訳を試みますと,「生命科学の最前線:量子生物学の時代の到来」でしょうか。ただし,これでは頭が固すぎます。私の学術雑誌になってしまいます。そこで,もう少し想像すると「Life on the Edge」は,「無茶をやる」「危険な生き方をする」「ワクワクするような人生」などに使われる言葉であることから,生物の世界とは真逆に思われがちな「量子論」を議論するのかと,ある意味「無茶」を醸し出します。さらに,この本の結論と思われる「無秩序」から「秩序」へ進むこの「秩序」が,量子論により生み出されていることを主張します。この主張は,生命体をマクロからミクロへ観測すると,細胞からタンパク質そして機能分子へ辿り着き,その機能分子の位置する場所が,まさに「Life on the Edge」の場所だと表現したいようにも感じさせます。
具体的な内容の紹介をしましょう。量子効果を重要視する分子生物学者であるジョンジョー・マクファデンが,素粒子研究を主に行っている物理学者ジム・アル=カリ―リの手を借り,量子力学が産声を上げた時代から現代に至るまでの量子生物学の変遷を,生体における様々な機能を通して紹介しています。
話の始まりは,渡り鳥であるヨーロッパコマドリの磁気感覚が磁気コンパスと同じ働きをすることを見出す1970年代の議論からです。実験により磁気コンパスと同じ働きをすることが,生物学者により見出されました。そして1976年に,クラウス・シュルテンにより量子論に基づき,その機能の説明が試みられます。それは,2013年度にノーベル化学賞を受賞したマーティン・カープラスとアリー・ウォーシャルが,視覚の初期過程に現れる網膜にあるレチナール分子の光異性化反応を,1972年に量子論と古典論で説明した時期とほぼ同じです。大型計算機の利用が比較的容易になりつつあった年代だと思われ,若き研究者が生物の世界へ挑戦した時代です。しかし,物理化学の教科書の著者として有名なピーター・アトキンスは,1976年の学術誌において動物の地磁気感知能力に関し疑念を示していました。学術の世界は様々な意見があり,まさに多様性を感じます。
さらに歴史を遡ると,1944年に,シュレーディンガー方程式の発見で有名なエルヴィン・シュレーディンガーが生命に関する本を出版しています。彼は、生体が「無秩序」の中にいて「秩序」=「機能」を生む過程での量子論の重要性を述べています。ごもっともな意見ですが,70年代以前まで生物学の世界では,量子論の意義を何も感じていなかったのでしょう。70年代に入り量子論の生物学への応用が真剣に取り上げられるようになり,さらに21世紀に入ると,その在り方が劇的に変わります。コンピュータの性能がPeta-Flopsへと飛躍的に進み,量子論による「秩序」が物理モデルによって計算可能になります。タイトルの「量子生物学の時代の到来」です。そして,生命の起源まで議論は進みます。
私は,ここまでを紹介します。本書は量子現象を分かり易く説明する工夫が多く見られ,生物学にも興味を持つ本学会員,学生諸氏に是非読んで頂きたい本であると思います。特に,話が章ごとにほぼ完結している感じもあり,気になった章を読むのもいいかもしれません。さらに,参考文献の引用もなされるなど,素晴らしい配慮が見られます。このように,理工の学部生にお勧めですが,私のようなものでも楽しく拝読することが出来ました。
そして,読者の皆様は,もしかするとこの本に登場する人物たちが,まさに「無茶をやる」「危険な生き方をする」「ワクワクするような人生」な方々だとも感じるでしょう。それが,まさに新しい科学分野を創造してきた歴史なのかもしれません。

南部