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2009.12.16 Wednesday

スーパーコンピュータを用いた分子科学

久しぶりに更新します。先日,「ソフィア サイテック」に原稿を寄稿しましたが,原文は少し長く,折角書きましたので,上智大学の皆さまへの自己紹介を兼ねて,記載いたします。

理論化学
縁があり,九州大学から春に移動してきた南部と申します。専門は理論化学・計算化学になります。特に,この原稿が配布される頃には次世代スーパーコンピュータ事業の政治的決着がついていることと思われますが,久しぶりに「スーパーコンピュータ」という言葉が世の中を賑やかしています。私の専門は,この「スーパーコンピュータ」を用いた分子科学となります。ではどのような方法で計算するか?高校生の方も興味を持たれることでしょうから簡単に述べます。端的には物理定数のみを与えて,量子現象を記述するシュレーディンガー方程式をコンピュータ上で解き,予想される観測値を理論的に求めます。但し,皆さんがよくご存じであるニュートン運動方程式へ近似して解く場合もあります。ミクロな世界も原子や分子の動きに対し近似を導入して行けば,我々の世界の運動(例えば,電車の運動)と変わらない形で求めることができます。さらに厳密に解ければ,様々な実験を行わずとも物質を作り出すことができるはずです。夢のような話ですが,その夢を追い続けて,かれこれ20年以上になります。一方,日本は歴史的にこの分野において世界的にも先駆けており,関連する研究成果によりノーベル賞を受賞された福井謙一先生が高校生のころの憧れの科学者でした。「数学ができる子は化学をやりなさい。」と高校の先生が言っていました。今は多分,生物がそれになっているような感じがいたします。

スーパーコンピュータ
さて,話題になっている「スーパーコンピュータ」ですが,恐らく10年も経てば,我々の身の回りに現れることでしょう。なぜなら今皆さまが使用されているPCの性能は,10年前のスーパーコンピュータの性能に近いものだったからです。世界一ばかりが問われているのですが,10年先の研究が10年後の豊かさをもたらす鍵になっています。もう少し議論し,削減するべきところはすべきと考えています。ちなみに私のスーパーコンピュータの利用経験はかなり豊富です。日立 S820, M682, SR2201, SR8000, SR11000, SR16000, NEC SX-3, SX-4R, SX-5, SX-7, 富士通 VPP5000, PrimeQuest, IBM SP2, SGI Origin 2000, Origin2800, Altix3700, Altix4700等であり,UNIXシステムはDEC VAX-11/750, SONY NEWS 830から利用し,化学(バケガク)分野において,恐らく日本で初めてインターネットを利用したの研究者の一人だと思います。これも当時の指導教官のお陰ですが。一方,初めに赴任した自然科学研究機構・分子科学研究所には,分子科学専用のスーパーコンピュータとして,日立S820計算機があり,横浜から愛知県にある岡崎市へ新幹線「こだま」で通い,量子化学計算を行い,修士論文・博士論文を作成しました。オープンリールの磁気テープ装置を使ってデータの移行を行っていたため,重たい磁気テープを海外も含めてよく運ばされました。その後インターネットの普及により,ネットワーク通信が可能になり,データの転送が容易となり,リモートで利用できるようになったことがとても感動的でした。

成層圏における同位体濃縮現象
 さて,最近の研究についてですが,昨今地球温暖化が叫ばれていることから環境に関する私の成果の一つを簡単にご紹介いたします。大気において窒素分子に次いで存在量が多い窒化物が一酸化二窒素(N2O)です。ご存知のように窒素分子は極端に不活性な気体ですが,一酸化二窒素はそれに比べるとやや不安定な分子であり,生物地球化学的な窒素循環の中で中心的な役割を果たしています。また,京都議定書の中で取り上げられた温室効果ガスの一つであり,成層圏におけるその酸化反応が触媒となりオゾン層破壊の主な要因となっています。さらに,N2Oの大気中の濃度が産業化以前のレベルより,約17%も増加しているのが現状です。ところが,この分子の全地球上の排出量を見積もることが困難であり,結果として大気における同位体解析を行い,N2Oの総量試算を強いられています。同位体分布に関する観測は,本来安定とされる同位体元素14N,15N,16O,17O,18Oを使い,数々の野外実験によりなされています。その中で,重要な同位体種として,14N14N16O (略して,446),456,546,556,447,448が上げられます。
 では,このN2Oの具体的な循環経路ですが,以下の通りです。主な発生源は,土壌及び海洋中のバクテリアであり,対流圏の空気に比べて重い窒素や酸素の同位体含んだN2Oを消費させ,軽いN2Oを生成しています。一方,拡散量が不明ではありますが,大気における一酸化二窒素の減少に関するメカニズムは大変明解です。つまり,90%が成層圏の紫外線窓領域における光分解であり,残り10%が酸素原子との反応です。この反応は182nm付近に中心を持つ幅の広い紫外線の光吸収により起こります。さらに,東京工業大学の吉田尚弘教授らの野外観測により同位体濃縮現象が観測され,その現象を筆者らは量子論に基づく厳密計算を行い,原因を定量的解明することに世界で初めて成功しました。 [Nanbu and Johnson, J. Phys. Chem. A 108, 8905, (2004)] この結果から大気循環シミュレーションにおいてもN2O分子に関する定量的な見積もりが可能となりました。現在,硫黄原子を含め循環メカニズムの理論的解明を行っています。
地球・バクテリア・波動関数